残留農薬分析とは文字通り、サンプル中に農薬がどの程度残っているかを調べるために行われる分析のことです。その目的は様々で、主に農薬取締法に基づいた「登録」のための分析、食品衛生法や環境基本法などに基づいた基準値超過の「監視」のための分析が挙げられます。「監視」のための分析では、自治体などによる行政検査と、事業者などによる自主検査があり、当研究所が実施する分析は後者に該当します。
農薬の分析法として基本となるのは、厚生労働省が示した「公示試験法」と呼ばれるものです。様々な農薬を個別に分析するための個別試験法に加えて、複数種類の農薬を一度に分析するための一斉試験法も示されています。
ただし、必ず公示試験法を選択しなければならないわけではなく、公示試験法と同等以上の性能があることが科学的に証明された試験法をもって代用することも認められています。性能の証明手順としては、その一例として「妥当性評価ガイドライン」が厚生労働省より示されています。
ポジティブリスト制度の施行以降、より多くの農薬成分をより迅速に分析することが強く求められるようになりました。それに加え、分析機器の能力が飛躍的に向上したことで、従来より簡便な方法でも十分に良好な分析結果を得ることが可能となりました。
こうした背景から、迅速かつ簡便な一斉試験法として2003年にQuEChERS法(キャッチャーズ法)が登場しました。QuEChERS法はアメリカ農務省農業研究局(USDA-ARS)を中心に開発されたもので、アメリカやEUでは公式な手法として採用されています。日本でも公示試験法とは異なるものの、非常に迅速かつ簡便で優れた手法として広く用いられるようになってきています。当研究所においても、試験法の妥当性を科学的に証明した上で、QuEChERS法を採用しています。
農薬は均一に残留するわけではなく、必ず個体間及び部位ごとでのばらつきがあります。その理由としては、大きく次の3点が挙げられます。
このことから、圃場全体の残留実態を正確に知るためには、圃場全体から均等に検体を選び、なおかつ十分な量を確保することが必要です。
また、品目ごとに適切な部位を分析しなければなりません。したがって、当研究所では品目ごとに必要な個数と重量を定め、食品衛生法に基づく「食品、添加物等の規格基準」に則った部位を対象に分析を行っています。
当研究所では、QuEChERS法のオリジナルから改良されたCEN法をベースとし、その一部を改変した手法を確立しています。当研究所での残留農薬分析の大まかな手順は、次のとおりです。
① 分析部位の均一化
② 均一化試料の秤量
③ アセトニトリルと混合
④ 塩析によるアセトニトリル層の分離
⑤ アセトニトリル層の分取、精製
⑥ 分析機器による測定
検体に存在する農薬を、農薬となじみやすいアセトニトリルに溶解させ、分析の妨げとなる成分を可能な限り除去してから分析機器にかけるという流れになっています。
送付された検体をミキサーで粉砕し、均一化します。十分に粉砕を行わないと、前述した農薬残留のばらつきの影響を受けやすくなるほか、後述のアセトニトリルとの接触面積が小さくなることによって農薬を十分に回収できなくなる恐れもあります。したがって、正確で信頼性の高い分析結果を得るための非常に重要なステップであるといえます。
均一化試料を規定量秤量して、遠心管に移します。秤量の際にはよく攪拌し、均一性が損なわれないようにします。特に水分が多い果実では果肉と水分がすぐに分離するため、より注意深く作業することが必要になります。
アセトニトリルのような有機溶媒は、多くの農薬を溶解しやすい性質があります。均一化試料にアセトニトリルを添加してよく混合することで、試料中に存在する農薬を引きはがしてアセトニトリルへと移行させます。
野菜や果実には多くの水分が含まれます。アセトニトリルは水と任意の割合で混和するため、アセトニトリルには農薬だけでなく多量の水も溶解することになります。水が含まれていると、水溶性の低い農薬が溶解しづらくなってしまったり、加水分解などによって農薬の安定性が低下してしまったりする恐れがあるため、塩析により水を除去します。また、pH緩衝作用のある試薬も併せて添加することで、pH変化による分解からも農薬を保護します。
アセトニトリル層には、農薬以外にも作物由来の成分が多数溶解しています。このような成分は分析の妨げとなることが往々にしてあります。そこで、農薬の抽出を妨げない範囲内で可能な限り夾雑成分を除去します。
夾雑成分の影響をさらに抑えるために希釈を行った上で、分析機器にかけます。使用する機器はLC-MS/MS(液体クロマトグラフィータンデム質量分析計)及びGC-MS/MS(ガスクロマトグラフィータンデム質量分析計)の2種類です。いずれも非常に優れた定性、定量能力を有し、ポジティブリスト制度下での一律基準である0.01 ppmまでカバーすることができます。LC-MS/MSとGC-MS/MSでは分析可能な農薬が一部異なり、これらを合わせて計198成分に対応しています。