酵素を利用した果実の皮剥き加工技術「酵素剥皮」
「酵素剥皮」と聞いてピンと来る方は相当なツウでしょう。日本国内で徐々に知られてきている技術ですが、決して新しい技術ではありません。そんな知る人ぞ知る技術の基本をわかりやすくお教えします。
「酵素」とは
誰もが持っている「酵素」
酵素とは何者でしょうか。その答えは、タンパク質です。
もうすこし丁寧に説明すると、「触媒(特定の化学反応を促進する物質)として働くタンパク質の総称」です。人間も動物も植物も微生物も持っていて、細胞内で合成されます。
そして、私たちのからだの中では、たくさんの酵素が働いています。
皆さんがよく耳にするのは「消化酵素」でしょうか?唾液も消化酵素のひとつで、でんぷんを糖に変えるために働いています。酵素が生命維持に必要な成分に変換してくれることで私たちは生きています。
酵素の力を借りた加工食品
そんな酵素の特性を利用した、加工食品は身近にたくさんあります。
発酵食品
一般的に発酵食品といわれるものは、微生物が生み出す酵素の力によって作られています。酵素がタンパク質やでんぷんを分解することでアミノ酸や糖が生まれます。例えばお味噌のうまみは大豆のタンパク質が酵素によってアミノ酸に分解されるためです。
透明果汁の製造
濃縮還元タイプのリンゴジュースなどで透明タイプのものを飲んだことはないでしょうか?実は透明果汁を作るのにも酵素が役立っています。果汁に含まれるペクチン等を酵素分解して果汁の粘度を下げることでパルプ分等を分離しやすくし、ろ過することで透明果汁(清澄化果汁)を製造します。
硬くならない団子
実はコンビニエンスストアやスーパーマーケットでパックに入っているお団子等には酵素が添加されているものがあります。理由は硬くしないため。賞味期限が当日の対面販売のお団子と違いパックに入っているお団子は賞味期限が3日~5日程度あります。酵素を添加しないとでんぷんが老化してしまい硬くなってしまいます。いつでも柔らかく美味しく食べられるのは酵素のおかげだったんですね。
食品以外の酵素利用
生活用品分野
皆さんが聞いたことがあるものとしては洗剤でしょうか。特に衣類用の洗剤には明確に「酵素の力で汚れを落とす!」と書いてあるものもあります。このような製品にはタンパク質を分解する酵素や脂肪を分解する酵素が含まれています。また、食器洗い用の洗剤にはでんぷんを分解する酵素が含まれているものがあります。
医薬品分野
皆さんが一度はお世話になったことがあるはずの抗生物質は発酵技術を応用して作られています。微生物から作り出された抗生物質が他の微生物の生育や増殖を抑制する働きがあります。有名なものでは「ペニシリン」などでしょうか?他にも胃腸薬や整腸剤、ビタミン剤の生産などにも活用されています。
化学製品分野
食品以外と言いつつここでは化学製品分野の中でも食品添加物の事例です。食品添加物として利用されることが多いクエン酸やリンゴ酸などの有機酸や旨味成分として知られるグルタミン酸やイノシン酸なども酵素の力を借りています。
食品添加物と聞くと「危険」と思われる方もいらっしゃいますが、さとうきびやトウモロコシなどを発酵させて作っています。この発酵工程で使用されるのが酵素です。食品に適している品質の原料や酵素のみで製造されており、高い安全性が確保されています。これらの食品添加物がなければ食品製造は成り立たなくなるでしょう。
「酵素」を利用した果実の皮剥き加工
当研究所では、酵素を果実や野菜などの農産物の皮剥き加工に利用した酵素剥皮技術を研究しています。
酵素による皮剥き加工とは
基本的には酵素液に漬け込むという作業を行うことで、手で簡単に剥くことができたり流水中で洗浄することで除去できるものが多いです。漬けておくだけで皮だけきれいに消えてしまうということはありません。
カンキツの場合
カンキツの場合は外皮と内皮で少し違います。手で剥きにくい外皮は内側の白いワタの部分(アルベド)を酵素で溶かしてあげることで簡単に手で剥くことができるようになります。また、内皮(じょうのう膜)は酵素液に一定時間漬けた後、流水中で洗浄すると簡単に除去できます。
モモの場合
そのまま酵素液に漬けこむことで外皮が柔らかくなり、流水で洗浄することで簡単かつきれいに取り除くことができます。湯剥きの適性が低い品種でもきれいに剥くことができます。
ブドウの場合
ここでは巨峰やピオーネと言った皮を除去して食べることが多いブドウを対象としています。前処理液に一定時間漬け込んだ後、酵素液に漬けることで容易に押し出して皮と果肉を分離することができます。
酵素剥皮のメリット
酵素の力を利用した「酵素剥皮」のメリットを大きく3つ、ご紹介します。
その1 手軽、簡単に皮剥きが可能
品目にもよりますが、実は自宅でもできてしまうくらい簡単です。
必要なものは容器と酵素と水。あとは待つ時間があればどこでもできてしまいます。特殊な機械を買う必要も、危ない薬品を使うこともありません。火傷や手を切る心配もありません。
そのため、省スペース・省コストではじめやすい、というメリットがあります。
その2 果実を傷つけず見た目が綺麗なまま皮剥きが可能
酵素剥皮は熱を加えたり果肉を刃物等で傷つけることもなく剥くことができるため、果肉から皮だけがきれいに取れた状態です。果肉に傷はなく、姿かたちはそのまま…。あまり見たことないインパクトにインスタ映えは抜群です。
その3 適用品目が拡大している
他の加工技術に比べ、対応品目が少なく汎用性が低いとされてきた酵素剥皮技術の可能性は、現在大きく広がっています。
これまで酵素剥皮の技術が活用できるのはカンキツやカキなど一部の品目に限定されて来ました。
ところが当研究所と近畿大学生物理工学部が開発した技術では、これまで剥くことが困難とされたブドウなども容易に剥くことが可能となりました。
また、この技術は果実だけではなく野菜等にも適用できます。
例)左:キュウリの酵素剥皮、中央:プラムの酵素剥皮、右:ビワの酵素剥皮