既存製法と酵素剥皮の違いと課題
様々な品目に対しての適用が進む酵素剥皮技術ですが、もちろん課題も多くあります。私たちが現時点で直面している課題や今後について、様々な観点から検討したいと思います。
既存製法と酵素剥皮の違い
工程の大幅な変更
酵素剥皮は、大きな機械等は必要ないとしていますが、既存の生産工程とは大きく異なります。
例えばカンキツの場合は、酸・アルカリ処理を行う長いラインが設置されており、そこを流れていく間に内皮が溶解され、除去されます。
一方、酵素剥皮ではバッチ式でタンク内等で静置して内皮を分解していくという作業になります。既存の設備を使用して製造することができる可能性はあるものの、現状の工程に比べて品質や歩留まりが著しく改善することはないと考えられます。
品質確認に要する期間
従来からの製法であれば、経験値も高く、品質に影響を及ぼすことが懸念される要因についても多くの情報が揃っています。しかし、酵素剥皮は全国的にも取り組んでいる企業が少なく、品質の安定化に向けた情報が極めて乏しいという課題があります。
そのため、テスト生産を繰り返し、数年間をかけて品質を確認する必要があります。すでに工程に課題を抱えている企業が数年間を費やせるかというと非常に厳しいと言わざるを得ない状況です。また、工程に課題を抱えていない企業については、酵素剥皮に相当なメリットを見出せない限りは検討に入ることさえ厳しくなってしまうと言えるでしょう。
酵素剥皮の導入に関する課題
認知度の低さ
農研機構果樹茶業研究部門による開発や、私たちや近畿大学などが取り組んできた生研支援センターのプロジェクトによりだいぶ認知度が高くなってきたものの、まだまだ知る人ぞ知る技術であることに変わりはありません。
果実加工業者でも「聞いたこともない」という技術者の方が多いかもしれません。
カンキツの栽培が盛んな西日本における認知度
酵素剥皮といえば、カンキツから技術開発がスタートしています。そして現時点で実用化されているのも、そのほとんどがカンキツです。そのため、カンキツの生産がない地域ではほとんど知られていない技術ともいえます。
実際に西日本を中心にカンキツの栽培が行われている地域では比較的認知度が高く、北日本や長野などのカンキツの栽培がほとんどない地域ではほとんど知られていないのが現状です。
消費者からの認知度
アナウンスが足りないため、当然と言えば当然ですが、一般の消費者の認知度は極めて低いといえます。
カンキツのカットフルーツを製造しているメーカーのホームページを見ると積極的にPRしている企業もありますが、全てを酵素剥皮しているわけではないことと、販売地域や販売チャネルが限定されることで周知はされていないというのが現状です。
技術支援体制
研究者が少ない
まず、この酵素剥皮については、圧倒的に研究者が少ないという課題があります。近畿大学の尾崎教授や農研機構の野口先生など、国内の酵素剥皮の第一人者といえる方々以外に品目の拡大や技術のブラッシュアップ、作用機構の解明といった課題に取り組んでいる研究者はほとんどいない状況です。
近年、食品関連の研究においては、機能性研究等に重点をおいた傾向が強くありますが、製造のプロセスなどについては少人数のグループのみで実施されている傾向が強い状況です。
技術者が少ない
そして、さらに課題なのが、それらを現場に落とし込んでいく技術者の絶対的な不足です。研究成果を実用化に向けて現場に落とし込んでいくという作業は、加工現場を熟知しており、工程の把握、品質管理のポイントの設定や管理項目の整理ができるなど様々な知識を有している必要があります。手作業で行うことを前提としている小さな企業や個人であれば、身構えることなく挑戦することも可能ですが、1日に数トン程度の処理を目指す企業ではそういうわけには行きません。会社全体で取り組みに向けてコミュニケーションを取らないと、まず実用化は困難です。それが外部の技術者ともなればさらに高度な知識を求められるため、ハードルはさらに高くなります。
酵素剥皮に適する品目と適さない品目
農工研では、対象品目を拡大していけるよう、さまざまな品種で酵素剥皮にトライしています。
ブドウ
剥けるブドウと剥けないブドウ
当所で開発したブドウの酵素剥皮技術ですが、皮を剥いて喫食することが多い巨峰やピオーネに対する適性は極めて高いと言え、高品質法でも迅速法でもだいたい剥皮することができます。
一方、シャインマスカットはやや難しい傾向にあります。普通に手で剥くよりは、酵素処理することで明らかに容易に剥くことができます。
しかし、巨峰やピオーネに比べると剥けにくくなります。そして現状ではほぼきれいに剥くことができないのが、ナガノパープルです。様々な手法を試していますが、かなり苦戦しています。
未熟と過熟
加工原料となると、未熟のものから過熟のものまで様々な原料が入って来ます。それらを全て同じ条件で剥皮することができるかと言われれば、できません。それぞれに合わせた条件が必要となります。
そして、圧倒的な未熟の果実は剥皮性が悪く、過熟では、剥皮できるものの果肉硬度がないため果肉が小さくなってしまうなど、剥皮果実の品質低下が発生してしまいます。
その他の品目
カンキツ
果肉崩壊する要因は様々でありますが、外皮を剥皮するために真空引きをした際にアルベド側のじょうのうが一緒に溶かされ、酵素液が砂じょうに入り込むことで果肉崩壊してしまうことがあります。また、ポンカンやいよかんなどは酵素濃度をコントロールしても果肉崩壊しやすい傾向があります。
モモ
品種間差はあるもののわずかです。
一方で、栽培環境による果皮の着色状況や病害虫による果皮の障害により、部分的に剥皮しにくい等の傾向が見られることがあります。特にせん孔細菌や擦れにより果皮が硬質化した部分は剥皮できないためトリミングによりナイフ等で物理的に除去する必要がでてきます。
リンゴ
リンゴについては、紅玉など一部の品種に関して剥皮できることを確認していますが、従来の機械等による物理的剥皮に比べて作業が煩雑になりやすく、歩留まりも低くなる傾向があります。
キウイ
キウイについては、現状では酵素剥皮適性が極めて低い果実のひとつです。様々な条件で検討をしていますが、きれいに剥くことが難しい状況です。キウイに関してはクライマクテリック型果実※のため追熟後に湯剥きすることできれいに剥皮することができます。ただし、追熟しすぎると果肉が軟化して崩壊してしまいます。
※クライマクテリック型果実とは
成熟の際に呼吸量が顕著に増大する特徴を持つ果実のことです。モモやバナナ、アボカドなどもクライマクテリック型果実です。
酵素剥皮技術の今後の展望
認知の向上と体制の構築
酵素剥皮については、まずは技術を知ってもらい興味を持ってもらうことが重要だと考えています。その上で、やはり技術者の養成は必須になると考えています。やってみたいと思った時に取り組める環境やサポート体制があることで、実用化に向けた取り組みは格段にスピードアップできると考えています。
対象品目の拡大
酵素剥皮導入の課題として対象品目がまだまだ少ないという点があげられます。対象品目が増えることで、様々な商品アイテムに応用することができます。また、様々な品目に対応できるようにすることで、プラントの周年稼働が可能になるなど、経営的観点からもメリットが大きくなると考えられます。
環境負荷の低減
食品加工において、剥皮等の工程では薬剤処理などが行われることが多くあります。その際に排出される廃液は薬剤成分だけでなく、溶解された果皮などの有機物も含まれているため、環境負荷が高いものです。
一方で、酵素は自然にも存在しているもので熱にも弱いため、環境負荷は小さくなります。また、これはまだ研究段階ですが、酵素剥皮で発生した果皮を廃棄するのではなく、さらに酵素処理することで違った食品素材等に利用できる可能性があります。循環型社会にもフィットした新たな取り組みになる可能性があります。
当研究所では、酵素剥皮に関する研究開発はもちろんのこと、現場経験のある技術者が実用化に向けたサポートを行えます。まだまだこれからの技術ですが、ご興味のある方はぜひご相談ください。